火曜の昼すぎ。
会社のデスクで、企画書のレイアウトを直していると、スマホの画面が、ちかちか、光った。
ゆい:「美咲、いまどこ?」
ゆい:「会社のトイレで動けない」
短い文章だった。
短いから、その文章のうしろにある「もう打つ気力もない」という重さが、スマホを握ったわたしの手に、ストレートに、落ちてきた。
ゆいは、ふだん、LINEがやたら長い。
打ち間違いも、いっぱいする。
スタンプも、ハートだの、犬だの、よく分からないキャラだのを、3連投することが、ある。
そのゆいが、こんな短文を、打ち損じもなく、送ってくる。
それが、すべてを、語っていた。
美咲:「いまから行く」
打って、わたしは、Macを閉じた。
慌てたら、ダメだ、と、心のなかで言い聞かせた。
慌てた人が、慌てた人のところに行っても、何の役にも立たない。
急いで隣の島の課長に「お腹をくだしてしまったので、午後半休もらってもいいですか」と頭を下げて、社を出た。
「お腹をくだした」が、女性社員の万能の早退理由として、未だに機能している会社の文化を、わたしは、いつも、ふしぎに思う。
でも、今日は、それを、ありがたいと、思った。
タクシーアプリで車を呼んで、目黒に向かった。
タクシーの後部座席で、わたしは、ゆいの最近の様子を、思い返していた。
12月の納会の帰り、ゆいは、ずっと顔色が悪かった。
「ちょっと、生理来そうで」と笑って、コートの上から、両腕で、お腹を、抱えていた。
あの時、わたしは、それを「いつものゆい」として、流してしまった。
「ふつうの生理痛」って、世の中で、軽く扱われすぎている。
誰かが「生理痛がひどくて」と言うと、もう片側のひとは、「ああ、あれね」と、なんとなく、うなずく。
その「あれね」のなかで、けっこう深刻な病気が、ぜんぶ、ぼんやり、ひと括りにされている。
今日のLINEを受け取って、はじめて、そのときの彼女の腕の組み方の意味が、わかった気がした。
気づけなかった、というより、気づいていたのに、深く考えるのを避けてきた。
それが、わたしのなかで、じわっと、罪悪感に、変わっていった。
ゆいの「ちょっと、生理来そうで」のうしろに、4年分のなにかが、ぎゅっと詰まっていた可能性を、わたしは、考えなかった。
タクシーの窓ガラスに、12月の薄い太陽が、ちかちか、滲んでいた。
コワーキングスペースの自動ドアを抜けると、受付のお姉さんが、いつものスマイルで「ご見学ですか?」と聞いてきた。
「友人が、中のトイレで、具合が悪くて」と言ったら、一瞬で表情が変わって、「奥の女性用トイレ、どうぞ」と通してくれた。
そういうとき、人の表情の切り替えって、ちょっと、すごい。
ふだん、接客のためにつけているお面のうしろに、ちゃんと、生身の人がいて、その人が、心配してくれている。
わたしは、その短い瞬間に、すこし、世の中を、信じた。
トイレの個室の前に立って、軽く、ノックする。
「ゆい? わたし」
「美咲」
声は、消えそうな細さだった。
ロックの解除される音がして、ドアが、ゆっくりと、開いた。
ゆいは、便座のうえで、半分、壁にもたれかかるようにして、座っていた。
顔色が、白を通り越して、青みを、帯びていた。
膝のうえに、丸めたティッシュペーパーが、山のように積み上がっている。
床には、血がにじんだナプキンが、蓋を開けたサニタリーボックスの脇に、置いてあった。
他人のトイレの個室で、こんなに、生々しい光景を見るのは、はじめてだった。
でも、不思議と、引かなかった。
むしろ、わたしのなかの、いままで使ってこなかった部分が、ふっと、立ち上がった気がした。
「またナプキンが1時間もたなくて」
「うん」
「レバーみたいな塊が、ぼろぼろ、出てくる」
「うん」
「もう4年くらい、毎月、こう」
ゆいは、痛みのぶり返しなのか、ぐっと前に折れて、両腕で、お腹を、抱え込んだ。
4年、という言葉が、わたしの心臓のあたりに、ぐっと、つっかえた。
わたしたちは、もう4年も、友達なのに、わたしは、ゆいの「毎月」のなかに、入れていなかった。
ゆいの「毎月」は、わたしの「毎月」じゃなかった。
わたしの毎月は、ふつうにエクササイズして、ふつうに友達とご飯を食べて、ふつうにメイクをして、ふつうに月経が来たら鎮痛剤を1錠飲んで、ふつうに寝る、ぜんぶ、ふつうのなかで終わる。
でも、ゆいの毎月は、こうやって、便座のうえで、世界を諦めかけながら、過ごす日が、混ざっていた。
わたしは、個室に、半分、入り込んで、彼女の背中を、さすった。
彼女のジャンパースカートの肩のあたりが、汗で、湿っているのが、わかった。
汗が、生きることを、痛みとともに何度も乗り越えてきた、4年分の汗に、思えた。
「鎮痛剤は?」
「飲んだ。ロキソニン2錠飲んだけど、効かない」
「……それ、絶対、おかしいよ」
声が、うわずった。
そうじゃない、と何度も自分に言い聞かせてきたゆいに、「おかしい」って言うのは、たぶん、彼女のなかの、長い年月の自己説得を、ぐらりと、崩すことだった。
それでも、わたしは、言わなければ、ならなかった。
ゆいは、わたしの顔を、しばらく、じっと、見て、それから、ふっと、目を伏せた。
「そうかなあ、って、ずっと、思ってた」
声が、ぽつり、と、落ちた。
「でも、母にも姉にも、ふつうって言われてきたから」
「自分が、痛みに弱いだけなのかも、って」
その「痛みに弱いだけなのかも」という言葉に、わたしは、咄嗟に、葵にLINEを打った。
美咲:「ゆいの月経痛、限界きてる」
美咲:「鎮痛剤2錠で効かない、レバー状の塊あり、ナプキン1時間持たない」
美咲:「たぶん、ふつうじゃないって、本人にもう一度、ちゃんと、言ってあげてほしい」
美咲:「婦人科紹介して」
打ちながら、わたしは、自分の指が、ちょっと、震えていることに、気づいた。
「ふつうじゃない」って、誰かに対して、ちゃんと、言うのは、勇気がいる。
世の中は、「ふつう」を信仰しすぎている。
「ふつう」じゃない、と認めることは、ときどき、相手の人生の前提を、ぐらり、と、揺らす行為だから。
でも、ゆいの「ふつうじゃない」を、わたしが、ちゃんと、引き受ける。
そう、決めた。
葵から、30秒で、電話が来た。
わたしは、トイレの個室の半分外で、こそっと、出た。
「美咲、聞こえる?」
「うん、ゆいのトイレの個室の前から、電話してる」
「鎮痛剤が効かない月経痛は、それは『困難症』っていって、治療する病気」
葵の声は、看護師のテンポに、なっていた。
「我慢する必要、ない」
「今日のうちに、うちの病院の婦人科外来、空いてるか聞いてくる」
「あと、本人と、すぐ、電話、替わって」
わたしは、スマホを耳に当てたまま、個室のドアを、すこし開けて、ゆいに、渡した。
「葵が、話したいって」
ゆいは、震える手で、スマホを、取った。
「もしもし、葵?」
「ゆい、いま、どのくらい痛い? 1から10で」
「……8、くらい」
「8で4年やってきたんだ。よくここまで頑張った」
葵の言葉が、スピーカーから、漏れて、わたしの耳にも、届いた。
ゆいの目から、ぽろっと、涙が、落ちた。
「よく頑張った」──。
たった4文字。
でも、その4文字を、ゆいは、たぶん、4年間、ずっと、欲しがっていた。
世の中で、「よく頑張った」って、誰がふだん、誰に、言ってくれるんだろう。
仕事を頑張ったあと、上司から「お疲れ」とは言われる。
試験に受かったあと、親から「よくやった」とは言われる。
でも、「ふつう」のはずの、月経の痛みを、ふつうに耐えてきたことに対して、「よく頑張った」って、言ってくれる人は、ふつう、いない。
だって、それは、世間的に、「頑張ること」だと、思われていない、から。
ゆいの嗚咽は、最初は、声を出さない涙だったのに、やがて、声を出して泣く泣き方に、変わった。
わたしは、トイレの個室の壁に、自分の頬を当てて、彼女の泣き声を、ただ、聞いていた。
その声は、4年分の、誰にも回収されなかった「痛い」が、ようやく、外に、出てきた声だった。
わたしも、ちょっと、泣いた。
わたしの罪悪感のためじゃなくて、ゆいが、ようやく、誰かに「頑張った」って言ってもらえたことの嬉しさで。
ゆいが「歩けそう」と言うまで、20分くらい、トイレで一緒にいた。
途中、わたしは、コンビニまで、ひとっ走りして、夜用ナプキンと、ペットボトルの温かいお茶と、塩味のキャラメルと、ぬるめのスポーツドリンクと、それから、自分用に、エナジーバーをひとつ買った。
塩味のキャラメルは、貧血で頭がふらふらするとき、葵がよく勧めてくれる、彼女の処方箋。
ぬるめのスポーツドリンクは、痛み止めをもう一錠、追加するときに、胃が荒れないように。
エナジーバーは、わたしが、これからのタクシーで、自分の血糖値を、ちゃんと保つため。
こういう買い物のセンスを、わたしは、ぜんぶ、葵から、もらった。
ふだん、看護師の友達がいるって、ふつうに、すごく、便利なんだ、と、改めて思った。
タクシーの中で、ゆいは、すこしだけ、話してくれた。
「初経が中1で来てね」
「うん」
「そのとき、母に、『これから毎月くるよ。痛い子は痛いから、慣れるしかない』って言われたのが、最初の記憶」
「うん」
「鎮痛剤も、最初は1錠で効いてた」
「それが2錠になって、3錠になって、4年前くらいから、効かない日があるって感じになった」
ゆいは、目をつぶった。
長い睫毛が、頬の上で、揺れていた。
「でも、これがふつうだと思ってた」
「アプリの履歴見たら、年に40日くらい、寝込んでるんだよ。年に40日。それを、当然みたいに、許してた」
40日。
会社員のお盆休みと、年末年始を足したくらいの日数を、毎年、ゆいは、痛みに、支配されていた。
それを、わたしは、いままで、想像したこともなかった。
「仕事の納期、それで何回逃したかわからない」
ゆいは、車窓の外を、見つめながら、続けた。
「クライアントに謝るたびに、自分は、仕事の取れないデザイナーだって、思ってた」
「生理だから、なんてダサくて言えないし、嘘の理由を作って謝る」
「それを、4年、やってきた」
「だから、わたし、自分のことを、ずっと、ふつうの人じゃないって思ってた」
わたしは、何も、言えなかった。
なぐさめの言葉も、励ましの言葉も、ぜんぶ、彼女の4年間の重さに、軽すぎた。
世の中の女性たちが、自分の月経のために、何百回、何千回、嘘の早退理由を作ってきたか、わたしは、はじめて、ちゃんと、考えた。
「お腹がいたい」じゃなくて「お腹をくだした」。
「生理が重い」じゃなくて「ちょっと体調を崩して」。
「PMSで集中できない」じゃなくて「すみません、忘れていまして」。
ぜんぶ、自分のからだに対する、嘘。
わたしも、たぶん、何十回も、これをやってきた。
ただ、ゆいの手を、握った。
冷たかった。
冷たさが、わたしの掌のなかで、ゆっくり、温まっていった。
葵の働く大学病院は、目黒から、30分くらい、かかった。
受付を済ませて、婦人科外来の番号札を、もらって、ロビーで、待つ。
平日の午後の大学病院は、年配の方が多くて、ゆいとわたしの、ふたりは、ちょっと、浮いていた。
でも、その「浮いている感じ」のなかに、わたしは、世代としての、なんか、責任みたいなものを、感じた。
ここにいる、ご年配の女性たちは、若いころ、誰にも「ふつうじゃないかも」って言ってもらえなかった人が、多いかもしれない。
ゆいは、いま、それを、ようやく、聞きに来た。
ご年配の女性たちより、何十年か、早く、聞きに来た。
それは、いいことだ、と思った。
ゆいの番号が、呼ばれて、診察室に、通された。
担当してくれたのは、葵が「あの先生、めっちゃ話聞いてくれるから」と推していた、40代の女性の先生だった。
肩までの黒髪を、後ろでひとつにまとめていて、白衣の袖は、きっちり折り返されている。
机には、子どもの写真が、一枚、立てかけてあった。
問診票を見ながら、先生は、ゆっくりと、言った。
「月経の状況、もうちょっと詳しく聞かせてくださいね」
ゆいは、病院だからか、しっかり姿勢を、ただして、こんな風に、答えた。
- 月経周期:30日くらい(少し長くなったり、短くなったり)
- 持続日数:7〜8日
- 経血量:夜用ナプキンが、1時間ごとに替える日が、3日続く、レバー状の塊あり
- 月経痛:鎮痛剤3錠でも効かないことが多い、寝込む
- PMS:月経の1週間前から、気分が落ち込み、肌荒れ、過食
「あと、最近、ちょっと階段で息切れすること、多くなって」
先生は、ふんふんと頷いて、メモを取った。
「血液検査と、エコーをしましょう」
採血のあいだ、わたしは、隣の椅子で、待っていた。
ゆいは、注射の針を見ないように、天井を、見ていた。
窓の外に、銀杏の木が、一本、半分、黄色くなっていた。
「ねえ、美咲」と、ゆいは、小さい声で、言った。
「うん」
「わたし、ふつうじゃないって言われたら、どうしよう」
「うん?」
「ふつうじゃないって、ちゃんと、診断で出ちゃったら、わたしの4年間、なんだったんだろうって」
その問いに、わたしは、ちょっと、息を止めた。
「ふつうじゃない」と診断されることが、こわい、というのは、たぶん、わたしたち世代が、SNSで「みんな、こうなんでしょ?」を確認しすぎる、副作用、なのかもしれない。
ふつうから外れることに、無意識のうちに、すごく、強い罰を、自分に課している。
でも、ゆいの場合、「ふつうじゃない」のほうが、ぜんぜん、救いだった。
わたしは、しばらく、考えてから、答えた。
「4年間、ゆいは、ちゃんと、生きてきたんだよ」
「うん」
「ふつうじゃないって、診断されることは、ゆいの4年を否定することじゃない」
「むしろ、ゆいが、ずっと頑張ってきた、っていう、4年間の証明」
ゆいは、しばらく、わたしを見て、それから、頷いた。
採血が、終わって、看護師さんが、針を、抜いた。
針の痕に、絆創膏を、貼ってくれた。
絆創膏のうえに、ゆいは、自分の手のひらを、ぎゅっと、押し当てた。
たぶん、その絆創膏は、ゆいにとって、ただの絆創膏では、なかった。
4年ぶんの自分の痛みに、はじめて、医療が、貼ってくれた、肯定の印みたいだった。
検査が、終わって、再び診察室に、呼ばれたのは、それから、40分後だった。
先生は、PCの画面と、エコーの画像と、血液検査の結果用紙を、机のうえに、広げた。
「子宮腺筋症の所見ですね」と、先生は、まず、言った。
「子宮の壁が、平均より厚くなっています。それが、強い痛みと、過多月経の原因です」
それから、もう一枚の紙を、見せた。
「ヘモグロビン値、9.8。基準値の下限は12なので、軽度の鉄欠乏性貧血です。階段で息切れしたのは、これですね」
ゆいは、しばらく黙ってから、小さい声で、聞いた。
「先生、わたし、これ、ふつうじゃなかったんですか」
その問いの仕方が、まるで、4年ぶんの自分を、許可してもらうためみたいに、聞こえた。
先生は、首を、振った。
首の振り方が、優しかった。
急かすでもなく、慰めるでもなく、ただ、目の前の人を、ちゃんと、見る、っていう、首の動かし方。
「ふつうじゃないです」
「経血量が多すぎて貧血になっている状態を過多月経といいます」
「鎮痛剤が効かない強い痛みは、月経困難症」
「腺筋症のような病気がある場合は、器質性月経困難症といって、治療が必要です」
ゆいは、ふっと、息を、吐いた。
身体から、4年分の力みが、すこし、抜けたのが、わたしにも、見えた。
「ずっと、母にも『生理は我慢するもの』って言われて育って」
ゆいは、ぽつりと、言った。
先生は、ふっと、表情を、緩めた。
「お母さんの世代はそうだったかもしれませんね」
「でもね、ゆいさん」
「はい」
「いまの医療は、ゆいさんが、痛くないで生きていける選択肢を、ちゃんと持ってるんですよ」
ゆいの目が、また、ふっと、潤んだ。
「痛くないで生きていける選択肢」──。
ゆいの4年間に、誰も、その言葉を、くれなかった。
お母さんも、お姉さんも、職場の人も、たぶん、ゆい自身も。
「痛くないで生きていける」って、ほんの、5文字なのに、世の中で、女性に対して、ちゃんと届けられている言葉、たぶん、ぜんぜん、足りてない。
先生が、ホワイトボードに、ゆいの選択肢を、書いてくれた。
1. LEP(低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬)
- 月経困難症の治療として保険適用で処方できる
- 排卵を抑制し、月経の量・痛み・PMSをぜんぶ軽くする
- 1日1錠、毎日飲む
- 副作用:飲み始めの1〜2か月、不正出血や吐き気が出ることがあるが、多くは慣れる
- 血栓症のリスクがあるため、喫煙者・35歳以上・前兆を伴う片頭痛の人は要相談
2. IUS(ミレーナ)
- 子宮の中に装着する小さな器具
- ホルモンを少しずつ出して月経量を約90%減らす
- 5年間有効
- 過多月経・月経困難症で保険適用
- 装着時に痛みあり
3. ジエノゲスト(ディナゲスト)
- 子宮内膜症・腺筋症の治療薬
- 排卵を抑え、病気の進行を抑える
- 中等量の不正出血が続くことがある
「ゆいさんの場合、まずはLEPから始めてみるのがいいと思います」
「それで効果がイマイチなら、IUSやディナゲストを検討。あと鉄剤で貧血の治療も、並行しましょう」
ゆいは、何か考え込んでから、聞いた。
「先生、それって……ピルってやつですよね? 避妊する薬」
先生は、ちょっと、笑った。
「成分は似てます。避妊目的のものをOC、治療目的のものをLEPといって、保険適用かどうかが違うだけ」
「ピルって聞くと、身構える方が日本では多いんですけど、実は日本での服用率って約2〜3%で、フランスの33%、カナダの28%と比べて、かなり、低いんです」
「怖い薬では、ないですよ」
「飲んでるあいだ、ずっと、飲み続けるんですか?」
「月経困難症の治療として、症状が出ているあいだは、続けるのが、ふつうです。やめたら、またもとに戻ることもあります」
「でも、腺筋症は子宮に薬で休んでもらうことで進行を抑えられるので、治療として意味があります」
ゆいは、頷いて、しばらく、紙を、見つめていた。
そして、ふっと、顔を上げて、わたしに、言った。
「美咲、わたし、これ、始めてみる」
「うん」
「4年やめないつもりだった我慢を、いま、やめてみる」
その「やめてみる」という言葉に、ゆいの、たぶん、一番大きな勇気が、籠っていた。
我慢を、やめる。
その2文字、書いてあるだけだと、なんてことない。
でも、4年、毎月、年に40日、寝込んできた人が、それを「やめる」と決めるのは、自分の人生のひとつの章を、自分の手で、ぱた、と、閉じることだ。
その夜、ゆいの部屋で、3人で集まって、お茶を、した。
ゆいの部屋は、目黒の小さな1Kで、北欧風の家具が、好きで、グレーと白と、くすんだブルーで、統一されていた。
テーブルのうえには、彼女が淹れてくれた、カモミールティー。
カップは、ARABIAの、お気に入りの、たぶんセール品の、ちょっと欠けたやつ。
そういうカップを、ふだんから使っているゆいを、わたしは、好きだ。
窓の外で、誰かのバイクが、通り過ぎる音が、した。
葵は、自分も学生のとき、月経痛がひどくて、看護学生時代から、ピルを飲んでいる、と話した。
「わたしね、ピルを飲み始めて、最初の3か月くらいは、不正出血があったの」
「うん」
「でもさ、毎月の生活が、自分のホルモンに振り回されないって、こんなに、楽だと思わなかった」
「生理痛で何もできない日が、消えるって、ほんと、革命」
ゆいは、しばらく黙って、それからカモミールティーをひとくち飲んでから、言った。
「わたし、自分のせいだと思ってた」
「痛みに弱いだけ、メンタル弱いだけって」
葵が、首を、振った。
「ううん、それは、違う」
「プロスタグランジンっていう物質が出すぎて、子宮が、必要以上に、収縮してるから、痛い」
「あなたの腺筋症は、画像で見ても、客観的に、存在する病気」
「体質と病気の問題で、メンタルじゃない」
葵は、続けた。
「しかも、放っておくと進行するし、不妊の原因にもなる」
「治療をするって、いまの自分のためでもあるし、未来の自分のためでもある」
ゆいの目が、ちょっと、濡れた。
「わたしね」
「うん?」
「ずっと、母に、痛みのこと、言えなかった」
「うん」
「母も、痛みを我慢してきた人だったから」
「わたしが、痛いって言ったら、母の40年を、否定する気がしてた」
葵は、ゆいの肩に、自分の額を、ことん、と、当てた。
「ゆい」
「うん」
「お母さんを否定するんじゃないの」
「お母さんが我慢して生きてきたことは、お母さんの真実」
「でも、ゆいが、いまから、別の選択をすることも、ゆいの真実」
「両方が、両方を、否定しなくて、いい」
ゆいは、ぽろぽろ、泣いた。
お母さんを否定するのが怖くて、自分の痛みを認められなかった4年間を、はじめて、ゆいは、外に、出した。
わたしと葵は、彼女の背中を、ふたりで、ずっと、撫でていた。
カモミールティーの湯気が、ゆっくり、ゆっくり、立ちのぼっていた。
ふと、わたしは、思った。
世の中の、たくさんの女性が、お母さんとお姉さんとお祖母さんの、我慢の歴史を、自分の身体のなかに、引き受けて、生きている。
その引き受けは、愛情と、罪悪感と、自己犠牲が、ぜんぶ混ざって、ぐちゃぐちゃになっている。
それを、ひとりで解くのは、難しい。
だから、誰かが、一緒に、解いてくれる手が、必要。
葵は、その手を、ゆいに、貸してくれていた。
わたしも、ちゃんと、その手の片方を、握った。
それから3か月後。
ゆいは、明らかに、表情が、変わった。
肌のきめが整って、目の下のクマが薄くなって、何より「今日、調子悪いから……」というメッセージが、月の半分から、月に1〜2日に、減った。
ある日、ゆいから、こんなLINEが、来た。
ゆい:「昨日、母に電話した」
ゆい:「わたし、いまピル飲んでる、って報告した」
ゆい:「最初、母、ちょっと固まってた」
ゆい:「でも、しばらく黙ってから、『あんたの体、楽になるなら、いいんじゃない』って言ってくれた」
ゆい:「それで、わたし、すこし泣いた」
わたしは、その文章を読んで、デスクのパソコンの前で、自分も、ちょっと、泣いた。
ゆいの「すこし」は、たぶん、思いっきりだったろうな、と、思った。
そして、ゆいのお母さんが、「あんたの体、楽になるなら、いいんじゃない」と言うまでに、たぶん、お母さんのなかで、何かが、ぐっと、押されていた、ということも、想像した。
お母さんは、自分の40年を、「我慢してきてよかった」と思いたかったかもしれない。
でも、娘の世代に、別の選択肢があることを、認める、ということは、たぶん、お母さんの40年を、すこしだけ、違う角度から、見ることだ。
それは、お母さんにとっても、苦くて、でも、すこし、やさしい瞬間だったんだろう。
世代から世代へ、痛みは、引き継がれてきた。
でも、その痛みを、ようやく、誰かが、止めた。
ゆいが、止めた。
そして、お母さんが、それを、許した。
それは、すごく、すごく、大きな、ふたりの仕事だった。
12月のはじめ、ゆいに誘われて、恵比寿のカフェで、お茶をした。
ガーデンプレイスのちかくの、奥まったところにある、家具屋さん併設のおしゃれなところ。
窓の外で、雪まじりの雨が、降り始めていた。
ゆいは、ラテのカップを、両手で包みながら、言った。
「美咲、なんで私、もっと早く、婦人科行かなかったんだろう」
「行くタイミング、だれも決められないからね」
「月経痛=我慢って思い込みって、ほんと、罪、だよね」
ゆいは、外の雪を、見ながら、続けた。
「わたし、20代の半分くらい、毎月寝込んでた」
「それぜんぶ、別に我慢する必要なかったんだよ」
「でもね、それと同時に、思ったの」
「うん?」
「わたしが我慢してきた4年は、ぜんぶ、無駄じゃなかった」
「あの4年があったから、わたしは、いまの治療を、心の底から『よかった』って思える」
「痛みは、必要じゃないけど、痛みを通って学んだことは、必要だった」
ゆいは、ラテを飲んで、雪を、見ていた。
わたしは、頷いた。
そして、思った。
世間の風潮は、ぜんぶの「痛み」を、悪者にしようとする。
でも、ゆいの言葉は、もうすこし、しなやかだった。
痛みそのものは、悪い。
でも、痛みを通った人が、その先で、自分のからだに、ちゃんと、向き合えるようになる、その経路ぜんぶを、悪いとは、できない。
「ゆい」
「うん」
「ありがとう、わたしに、それを、話してくれて」
「ううん。美咲が、あの日、来てくれたから」
「わたし、はじめて、自分の痛みを、人に話せた」
外の雪が、すこしずつ、積もっていた。
その夜、わたしは、自分の月経の記録アプリを開いて、最後の数か月の周期を、見直してみた。
わたし自身も、PMSの気分の波には、けっこう、振り回されている方だった。
先月は、月経前の3日間、健太に、何度も、無意味に、怒っていた。
そのときは、健太が悪い、と思っていた。
でも、いま、アプリを見返すと、ぴったり、PMSの時期だった。
わたしのなかで、ホルモンと、感情と、関係性が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
「ねぇ葵」と、わたしはあとでLINEを打った。「わたしもLEP、考えてみていいと思う?」
葵は、すぐに返信してくれた。
葵:「自分のために選ぶってこと、それがいちばん大事」
葵:「ゆいは、お母さんの世代の苦しみを、自分の身体で引き継いできた」
葵:「それを、ゆいが、終わらせた」
葵:「美咲は、美咲の世代の何かを、自分のために、選び直していい」
スマホを置いて、わたしは、窓の外を、見た。
ゆいが、メニューを眺めながら「ねえ、ケーキ食べる? いま、ケーキ食べたい気分なの」と笑った。
それは、ここ何年か、聞かなかったゆいの、笑い方だった。
「いま、〜したい気分」って言える、こと。
それが、こんなに、軽やかなことだったんだ。
ゆいは、4年ぶんの自分のからだを、取り戻していた。
そして、ゆいの隣にいる、わたしは、すこしだけ、自分のからだの記録を、見直し始めていた。
ふたりで、抹茶のロールケーキを、ひとつだけ、頼んで、半分こにした。
抹茶の苦みと、生クリームのまろやかさが、口の中で、混ざりあって、ふっと、消えた。
こういう、ふつうの幸せのかたちを、わたしたちは、ようやく、ふたりとも、ちゃんと、味わえるようになっていた。
ゆいのひとり言
母に「ピル飲んでる」って言うのは、わたしのなかで、すごく、勇気のいることだった。
「あんたの体、楽になるなら、いいんじゃない」
母が、その一言を返してくれるまでに、母自身も、たぶん、自分のなかで何かを、ぐっと、押した。
母は、わたしを通して、母の40年を、自分のなかで、認め直したのかもしれない。
我慢して生きてきた40年は、無駄ではなかった。
でも、わたしは、母とは、違う選択をする。
それを、母が、ゆるしてくれた。
ううん、母は、わたしを通して、自分自身を、ゆるしたのかもしれない。
性の知識は、わたしひとりだけのものじゃない。
痛みも、知識も、世代から世代へ、ゆっくり、繋がっている。
そして、わたしの妹が、いつか、月経のことで困ったら、わたしは、すぐ、「ふつうじゃないかも」って、言える人で、いたい。
わたしが、葵に、美咲に、もらった「よく頑張った」を、ちゃんと、次の世代に、渡したい。
ゆいメモ:知ってよかったこと
- 月経の正常範囲:周期25〜38日、持続3〜7日、経血量20〜140ml
- 鎮痛剤が効かない月経痛は治療対象=月経困難症
- 過多月経で貧血になることも多い。健康診断のヘモグロビン値もチェック
- LEP(治療用ピル)は保険適用。月経痛・量・PMSの三大症状を軽くできる
- IUS(ミレーナ):5年間装着。月経量を約90%減らす
- PMSは「気のせい」じゃない:ホルモンの波で起こる実体のある症状
- 「我慢するもの」じゃない。情報を持って、選択する権利がある
- わたしの選択は、誰かを否定するためじゃない。わたし自身を、ゆるすため
相談窓口
- 婦人科のかかりつけ医:自分が話しやすい先生を見つけるのが大事
- オンライン処方:スマルナ、mederi、ルナルナおくすり便など。初回は対面が望ましい
- 生理の貧困:自治体で月経用品の無償配布をしているところも
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